わたしは、いつごろからか、人と自分との間に大きな何かを感じて
自分の中に、こもるようになりました。
それは、学生の頃からだったと思います。
みんなと同じことを同じようにできないと
思っていたんですね。
行動が遅いとか、同じように感じられないとか、
何が違うかはわからないけれど、
とても、学生時代は苦しかったです。
ハートを閉じるしかなかったです。
そのおかげで、いろんな病気もしました。
病名をつけてもらって、安心してみたり。
けれど、本当は、自分が安心できる場所がほしかったんです。
自分の内側の世界と、外の世界があまりにも違いすぎて、
自分を責めて、心を閉じて、
同級生たちをも、軽蔑してしまうほどに、
とても、傷ついていました。
どうして、こんなことを書こうかと思ったかと言うと、
自分の体験した傷やなにかが、
誰かの役にたつと思ったからです。
周りからみたら、家も裕福であり、
かわいがられ、愛されて育ちました。
けれど、じゃ、どうしてわたしは、こんなに苦しいのだろうかと、
自分の感受性をずっと殺そうと思っていました。
それは、ごく近年まで続きました。
いまでこそ、自分の感受性には、とても感謝しています。
しかし、当時のわたしは、いきづらいだけでしかない
この感性は邪魔だとおもい、身体も心も消してしまいたかったんですね。
自殺したいと思ったのは、小学4年のとき。
自分じゃどうすることもできませんでした。
もともと弱い身体は、どんどんあちこち悲鳴をあげて、
高校のとき、
過敏性大腸症候群、拒食症になりました。
いまだったら
もっといろいろ精神的な病の診断をされたと思うけれど、
当時は、認知度もすくなく、薬もほとんどなく
気の持ちよう(笑)という処方箋でした。
とにかく、普通の人たちが普通に暮らせることが
うらやましくて、
身体を消したい。取り替えたい。と
いつも願っていました。
10代の子たちの若さや、感受性、多感さは、
容赦なく、傷つけてきます。
それでも、毎日学校にいかなければいけなくて、
涙も出ませんでした^^
そんな、わたしが、心まで修羅の境地を踏まずにすんだのは、
創作があったからでした。
誰にもいわずに、ほそぼそと書く世界。
わたしの、修羅になる心を
優しく抑えてくれたのでした。
いまでも、このことを思いだすと、涙があふれてきます。
過去の自分を本当に、抱きしめてあげたいです。
10代の多感で、きらめくような時期を、
暗雲とした時代をすごしたことで、
わたしは、自分の内側に入るようになりました。
そして、見えない存在にしか助けを求められなかったのでした。
人と変わっていることや、
何かの病、大きな傷をもっていることは、
何も恥ずかしいことではありません。
それよりも、自分に正直に生きようとしている
自分自身を見つめること。
自分の感性に正直にしたがった結果が、
いまの状況であるはずなのです^^
何も誰にも恥ずかしいことをしているわけではないのです。
病名や、障害というのは、
人が決めたものです。
本当のあなたを図るものではありません。
わたしは、人と同じものが食べられないという、
食を制限されたことで、
食に興味を持ち
心のことに興味を持つようになりました。
病気や何かの傷は、
なってしまった原因さがしや、
治すことが、大切なのではありません。
それ自体が、自分の個性です。
生きづらさや、かかえた悩みは、
自分を活かしている。
長い時間、向き合ってきたからこそ、
あなたが、あなたであるために、必要なものなのです。
家族には、わたしが自分の身体のことや、
痛みのことなどを自分らや人に話すなと、言われてきました。
家庭でも、逃げ場がない10代でした^^笑
人に自分のことを話すことは、
とても勇気のいることです。
だからこそ、
いま、いえることがたくさんあると思っています。
今日、こうして、素直に書いているのは、
ある友人から教わったことだからです。
自分が体験した苦しさは、
誰かの役にたつから、と。
わたしが、この世界に送れるギフトの一つだからと。
素敵な友人です。
書くことに出会って、
幸せを感じられる今があります。
すべてに感謝できるんだなあ。
ありがとう。
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